エレウシスは古くから大地の女神を祭る秘儀で名を知られ、その浜辺は大祭のとき全ギリシアから集まる善男善女でにぎわいました。
アテネの美女フィリーネが、アフロディテの誕生のときのように全裸となって物議をかもしたのも、大祭のときのこの浜辺でした。
しかし、現在ここはタンカーが何隻も停泊している散文的な入江となってしまい、観光バスはその入江を左手に眺めるだけで、ひたすら西へ走ります。
そこはコリント、ミケーネを経てペロポネソス半島に通ずる幹線道路。
ミケーネとティリンスにはクレタ文明の影響が濃厚に見られます。
それぞれ平野と入江を見下ろす山城という点で共通しています。
ともに商業道路を押えるための築城だったのでしょう。
巨石を積み上げたそのいかめしさは、解放的なクノソスの宮殿に比べはるかに閉鎖的で、後世のギリシア人たちはティリンスを"伝説の巨人キクロペスの城"と呼んだものです。
一方ホメロスはこれらの山城のもつ財力を知っていて、"黄金に富むミケーネ"と歌いました。
そこはトロイヤ戦争のギリシア総司令官アガメムノンの居城でもありました。
この伝説をもとに、シュリーマンが驚異的な発掘を行なったことは周知の通りです。
伝説は歴史的事実となって、その出土品はアテネ博物館の貴重な宝です。